A社における改善活動履歴(#2、会社の風土と改革に至る背景)

A社の風土とは

エンジニアにとっては天国のような会社でした。

新入社員はほとんど

術系の大学、大学院を出ており、

開発だけをやりたいからこの会社を選んだ

という人がほとんどです。

営業職に配属されるのも技術系です。

 

製品もニッチな市場向けで、

学究肌のユーザーを相手にするので

専門の知識が必要です。

当時は、ロングセラー製品を開発した

役員が経営会議を仕切り、

事業部長や担当の部長の製品開発に

鋭い指摘をしていました。

彼の指摘は厳しいが非常に有益なアドバイスであり、

会社を技術面で牽引する後継者がいないと

周囲で懸念されていました。

 

改革派の役員

団塊の世代の年配役員に交じって、

昭和30年代生まれの数名の若手役員は、

今後の会社の方向性を模索し、

さらに後輩の部課長の育成にも悩んでいました。

 

部課長に任命した人達はかろうじて

自分の業務は優秀にこなす人達ばかりなのですが、

その下の一般社員を生かせないのです。

つまり世代が下るに従って

マネージャーとしての粒が小さくなっています。

 

この問題に対して、

保守派の幹部は会社のスタイルは変える

必要もないと考えていました。

昔自分達ががんばったように、

自由競争の中で頭角を現すであろう

次期リーダーを待っていました。

 

改革が始まったきっかけ

従来から周期的に好不況の波が

訪れていたのですが、またリストラが

始まりました。

そして以前から赤字だった、

私の所属する事業部が解散になり

別の事業部に吸収されました。

その事業部は最大手の取引先である欧米企業に

振る舞わされ、他の顧客向けの製品開発

スケジュールが立てられなくなっており、

その顧客向けの製品ニーズが終わると予測される

数年先までに事業計画を立て直さなくてはいけない

状況でした。

その対策として、商品企画部が発足しました。

従来は、各開発グループ内で個別に商品開発を

行っていたのですが、商品開発の時期だけ異動し、

情報を共有するように変更したようです。

 

その部署で、共通のプロセスを確立する仕事を

担当しましたが、あまりに改善する部分が多い

ことから、全社改革を提案したのです。(続く)